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1. はじめに
創業から数十年、あるいは数百年続く老舗企業は、その長い歴史ゆえに顧客・地域社会から厚い信頼を得ています。しかし、市場環境がデジタル化・グローバル化・価値観の多様化によって激変する中、伝統的なブランドメッセージや創業理念を現代の文脈に合わせて再解釈しなければ、若い世代の顧客や求職者が真の意味で共感しにくくなっています。
こうした課題に対応するため、老舗企業はMission(使命)、Vision(将来像)、Values(価値観)といったMVVの策定・アップデートを通じてブランド価値の再構築を行うことが有効です。伝統を礎に、今の社会・顧客・社員に「刺さる」言葉へと昇華させることで、歴史と革新を両立したブランド戦略が可能になります。
日本の老舗企業の具体例
- 虎屋(TORAYA):
室町時代後期(16世紀)創業の和菓子ブランド。近年は海外展開や英語サイト(TORAYA公式サイト)を充実させるなど、若い顧客やインバウンド需要に応えるブランド価値発信を実施。「古風な和菓子」から「新たな和菓子文化」を打ち出し、現代的な文脈での伝統再解釈を進めています。 - キッコーマン(Kikkoman):
1917年創立の醤油メーカー。グローバル展開を通じ、「世界の食卓に醤油文化を届ける」というミッションを確立。公式サイト(Kikkoman公式サイト)やSNSを活用し、世界標準の発信言語へアップデート。海外顧客や若い世代にも分かりやすいメッセージで、新たな食文化創造を牽引しています。 - 資生堂(Shiseido):
明治5年(1872年)創業の化粧品企業。日本初の西洋調剤薬局からスタートし、現在はグローバルなビューティーカンパニーとしてブランドを強化。公式サイトやブランドブックで「美のイノベーション」を掲げ、サステナビリティやダイバーシティを含む現代の価値観を取り込み、若い世代や海外顧客にも響くブランドメッセージへ再構築しています。 - 月桂冠(Gekkeikan):
江戸時代初期(1637年)創業の酒造メーカー。長い歴史を背景に伝統的な酒造りを維持しつつ、近年は海外市場や新たな消費スタイルを見据えたコミュニケーションを展開。「和の伝統」を新たなライフスタイル提案に翻訳し、世界の日本酒ファンに向けてストーリー性のあるブランド発信を行っています。 - 任天堂(Nintendo):
1889年創業、花札・かるたメーカーとして始まり、現在はグローバルなエンターテインメント企業へと転身。公式サイトやIR資料、デジタルダイレクト配信(Nintendo Direct)を通じ、単なるゲーム会社ではなく、「新しい遊びの価値を創造するブランド」としてのビジョンをわかりやすい言葉で発信し、多様な世代に響くブランドを確立しています。
これらの例は、いずれも歴史や伝統的な価値を背景にしつつ、それを現代的かつグローバルな消費者や社員・求職者に共感される言語やコンセプトへとアップデートし、ブランド価値を持続的に高めている事例です。
2. 老舗企業の強みと課題
2.1 歴史がもたらす無形資産
老舗企業には、創業者の精神、長年培われた職人技、地域社会との厚い信頼関係など、時間をかけて形成された無形資産が存在します。これらは他社には模倣困難な強みであり、虎屋の和菓子製法や月桂冠の酒造技術などがその好例です。
2.2 言葉の時代的変遷と理解ギャップ
一方、創業時の理念や表現が現代のコンテクストでは通用しづらくなることもあります。
- 意味のずれ:たとえば「顧客第一主義」といった伝統的表現は、デジタル接点やグローバル対応を前提とする今の顧客には曖昧です。
- 言語表現のアップデート:新世代や海外顧客にも直感的に理解できる言語・ビジュアルへ変換する必要があります。資生堂や任天堂の事例では、世界的な美意識や遊びの価値を国境を超えて理解できるメッセージに磨き上げています。
2.3 社員・求職者への共感醸成
古い理念が社内外で抽象的な存在に留まると、既存社員のモチベーション低下や若手採用難につながります。MVV策定を通じて理念を再編集することで、
- 社員は「自分がなぜここで働き、何に貢献するのか」を明確化でき、離職率を下げる。
- 求職者はブランド価値観に共感しやすくなり、ミスマッチを減らして定着率を高める。
たとえば任天堂は、遊びを通じて人々を笑顔にするという明確なビジョンに共感する人材を集め、強い企業文化を形成しています。
3. ブランド再構築のステップ
老舗企業がブランドを再定義する際、現行社員・顧客へのヒアリング、創業者理念の再解釈、市場調査を踏まえ、Mission・Vision・Valuesを明確化します。それによりブランドメッセージが現代語化され、国内外の顧客や若手社員に響く、一貫性のあるコミュニケーションが生まれます。
4. ブランド再構築がもたらす社内外効果
新たなMVVやブランドメッセージは、
- 社内:社員の行動指針が明確化し、モチベーション・エンゲージメントが向上、離職率低下。
- 採用:共感型採用が可能になり、ブランド価値観に合う人材獲得・定着が容易に。
- 顧客:メッセージがわかりやすくなり、ブランドロイヤリティ向上と新規ファン獲得。
キッコーマンや資生堂では、世界共通の価値訴求によって新たな顧客層を確保し、社員コミュニケーションも強化しています。
5. 持続的なブランド価値向上のための点検と改善
ブランド再構築はゴールではなく、常に進化するプロセスです。
- 定期フィードバック:社員エンゲージメント調査、顧客アンケート、NPS調査でブランドメッセージの評価を継続的に確認。
- KPIとPDCAサイクル:離職率、採用応募数、顧客満足度、ブランド想起率などをKPI化し、達成度を検証し、改善策を実行。
- 専門家の活用:外部コンサルタントやファシリテーターによる定期レビューで、新たな市場トレンドや組織課題を反映したブランド調整を行う。
6. まとめ
老舗企業がブランド価値を高めるには、歴史という希少資産を土台に現代的メッセージへと再解釈し、社内外へ持続的な共感を生み出すことが鍵です。虎屋、キッコーマン、資生堂、月桂冠、任天堂といった老舗企業は、それぞれの強みを時代に合わせたコンセプトへとアップデートし、世界に通用するブランド価値を打ち立てています。
このプロセスではMVV策定と定期的な点検や刷新が欠かせません。歴史に根ざしながらも未来志向を持ち続けることが、老舗企業を新たな時代にも輝かせ、人材・顧客・ステークホルダーすべてを巻き込みながらブランド価値を高める原動力となるのです。